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心の健康教室。さがら療法です。


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TEL.0948-20-9019

〒820-0609 福岡県嘉穂郡桂川町吉隈1143





・九人兄弟の末っ子で五男として誕生。
 少年時代より暴力行動が激しく、転校を繰り返す。
 不登校から始まった兄のうつで家族が苦しむ。
 このことをきっかけにうつ病の原因追求を始める。
 それは、自分自身の心にも大きく不安があるのを自覚するきっかけとなる。

・心に生じる不安を理解すべく様々な療法を学ぶ。
それから、45年間障害者福祉の仕事に従事する。

・身体障害を持った子供の施設。
 知的障害を持った障害「児」の施設。
 知的障害を持った障害「者」の施設。

・独立して無許可の障害者福祉作業所を二カ所設立。
・兄の件があり精神障害者福祉法の制定に取り組む。
・民間人としては初めて精神障害者が利用する社会福祉法人並びに、福祉施設を二カ所設立。
知的障害者が利用する社会福祉法人並びに、福祉施設設立。

・現在、福祉施設指導員・施設長・社会福祉法人理事長から退き、自宅を解放して障害者の福祉ホームや通所施設を開設。

・経験からきた独自の手法でカウンセリングを継続。
また、その子息も社会福祉士や精神保健福祉士として同じ福祉の道で活躍。

一日の始まり

外ではもう作業が始まっています。
自宅敷地内にGSグリーンの作業所があり、8人の障害を持った利用者が作業を行っています。
どこが障害か分かりませんが、世間で言う障害者がいます。
マア〜、とにかく一日の始まりです。


「心の健康に取り組んだ経緯」 

精神障害者の福祉施設作りには、18年の時間を要しました。
ウツ病を持った兄がいて、入退院を繰り返し、家族には多くの負担がありました。その兄の件がきっかけでした。
国や社会に対して精神障害者福祉法の制定には、こだわりを持って取り組んできました。
精神障害者の福祉施設の設立にも、こだわりを持って取り組みました。
その「こだわり」は後日、多くの不安と借金を抱える事になりました。
兄が入退院を繰り返していた当時の事です。
心に不安を抱える人や家族は、保健所や警察。
精神病院に行っていました。
病院は診断・治療と言う主目的がありましたが、家族の負担軽減も視野に入れていました。

「私がウツに入りそうに成った」

家族に取っては為す術がありませんでした。
長期入院という現実がありました。
私の気持ちは、どうにかして福祉の畑の中で生活し、治療出来ないかと活動しました。
そんな思いが「こだわり」と成っていきました。
「こだわり」には多くの「見返りを求める心」が有る事に、後日気がつきました。
見返りを求める心は不安を招く事など、当時考えもしませんでした。
幾つもの福祉施設を作り、多くの借金と大きな不安を抱え込みました。
ある時期には、不安はウツ状態にまで進もうとしていました。

何が何でも借金を返そうと言う考えが有りました。
その他いろんな事があり、身辺整理をしようと言う気持ちもありました。
そんな事で国が決めた「障害者福祉制度」から、しばらくの間離れ てる事にしました。
理解してくれる方に理事長職も預け、園長職も預けもう一度己を探す事にしました。
鹿児島から北海道まで、時間を見つけては放浪という贅沢をさせて戴きました。
国内各地の福祉状況を見て回る事が出来ました。
放浪も最初の頃は、借金返済もかねての放浪でした。
狭い日本でしたが、いろんな方に出会い
「ありがとうございます 」。
   その間長女の結婚、出産。
   次女の結婚・出産と、長女の出産。
周りでは会社倒産・自己破産や自殺の方を見てきました。

「現在の取り組み状況」  

この40数年、心に不安を持つ方の相談を受けてきました。
福祉施設でも対応しました。
施設以外でも個人的に、3,000人以上の「心の相談」を受けてきました。
個人的(私自身)にも生じた己の悩み・不安が在りました。この不安を消す方法がないのかと、多くの時間を要しました。関係する専門書を読みあさりました。薄っぺらですが、各種の宗教にも興味を持って学ばせて戴きました。

私には、幼少期より突発的にケンカする悪い癖がありました。今では私立の小学校に入るのは「お受験」と言うそうですね。私には小学校に入る前から、暴力を振る「みっともない」クセがありました。当時暴力団学校に入る「お受験」等という仕組みがあれば、私は特待生で優等生かも知れません。何の自慢にもなりません。