心が苦しく成る過程、その原因、誘因(心の癖)、苦しくなるキッカケを精神の構造分析で解明しています。さがら療法


                             
 まっくらけ〜
第24章 日本人の持つ病的なまでの「不安」と将来。
第23章   一日一善。

第22章   自閉症。
第21章   佐世保小校内殺人、新潟地震
第20章。  不安やうつ病。 その1。
第19章。  健康、田中式農法「糖尿病やうつ病」 その2.
第18章。  健康、田中式農法「糖尿病やうつ病」  その1.
第17章   NPO法人
第16章    なみだ。
第15章   うつ病  (3, どうすれば良いの)

  第24章   日本人の持つ病的なまでの「不安」と将来。
 私には福祉に関わってきて52年という長さと共に、どうしても叶えたいと言う「ビジョン」がある。そのビジョンとは、前述した「精神障害者」の
社会復帰施設、社会福祉施設作りで経験した事による。「人間の無知なる抵抗」から来た、障害者に対する偏見や差別に理解を求める「福祉の森」、言って
みれば福祉の教育施設の設立である。

「福祉の森」の内容については、今後の「章」で詳しく表現したい。

読まれる方には前後した内容となるが、私は現在「福祉の森」事業立ち上げ資金確保を目指している。その「資金」確保の為に、二つの新規事業を同時
に立ち上げ計画をしている。「福祉の森」は、私の大きななビジョンであり、目的であり、夢であり、生命でもある。何もしないは「死」であり、目的に
向かって行動するというのは、生きている証であり命であると思っている。

  私の生命であるとも感じている。

表現すべきかどうか迷ったが、目的や生命でもある「福祉の森」は大きな「夢」でもある。夢であるとしか表現できない事の一つには、莫大な費用
がかかるという理由がある。夢としか表現出来ない事に、情けなさもある。他人からは、私に対する評価か「さげすみ」の言葉か、貴方は事業家ですね。
という言葉が返ってくる。どの様な内容であれ、己を大切にした生き方をしたいと思っている。私は一貫して、人間に張り付いている不安の追求と改善策
の追求をしている。自分自身が自問自答し苦しんでいる時であっても、私に不安を取って欲しいと訪問者が後を絶たない。人間は他の動植物と違い、死を
意識し命を理解している。「死と命」を理解する人間は、予防策や安全策となる「不安」という予告で、危険から逃避する術を身につけている。その術には、
利己的な防衛心と利他的な防衛心がある。宗教的に善なる言動で身を清めたり、明日という将来をカンニングする様な「占い」などでも不安からの防衛を図っている。若い方だけではないが「占い」に偏ったり、自己中心的な個性を尊重し、他者批判は最大の防御策と勘違いし、己のビジョンを表現しない言動は寂しいし疲れる。

各人各様の不安防衛策があろうが、生活する自然環境や生活環境も「こころ」に大きな影響を与える。
それと共に、食生活も絶対的な影響を与える。命の基本である肉体はプラスの微弱電流で支えられ、食生活で流動している。
過度な心身のストレスで微弱電流がプラス過多になったり、過度な肉食等で酸性化した細胞に成ると最悪である。酸性化された体は、適当なマイナスイオン
と野菜摂取に「中和」を求めている。菜食主義者に成れとは言わないが、マイナスイオンに囲まれた自然環境の中で、調和の取れた食事を楽しみ、家族の中で愛や慈悲という雰囲気を感じ取れる生活を求めたい。

都会生活でマイナスイオンの森林浴、経済優先の社会で身勝手な食生活は望めない。それでも平和ボケし不安におののく日本人の生活に、次の二点
を提案したい。
  ・人工的な「マイナスイオン」の生活空間を作る。
  ・肉食を減らし野菜を摂る意味で、栄養価が高くカロリーの低い豆腐料理を増やす。

上記二つの事を改善する新事業に取り組み、少なからず社会貢献した収入の道を模索している。収入たる利益は、福祉の森の建設資金確保でもある。
前記23章では、お金は人間社会で生きるための「道具」と表現したが、道具の工面に苦慮した私が「不安という化け物」の僕に成ってしまった。私の掲げる障害者福祉は小さなエリアであるが、一貫して追い求めるビジョンは私の生命である。絶え間ない人間
社会の「争い」は少なからず不安を起源にしているし、今後も増え続けるであろう。自然保護・動物保護・社会環境の改善・・・など、生命をかけてすべき事は多々有るでしょうが、不器用な私は多くを行えない。(後に書き込みが続く)
  第23章   一日一善。
Date: 2005-11-01 (Tue)
このところ、金銭的な生活苦の相談が多く成ってきている。リストラ、会社倒産、他者の保証人。難しい社会の波に翻弄されている。
可哀想なのは それらの家族の一員である子供達である。知人の事務所の壁に「平等は不平等な社会から成り立っている」と言った内容の
掲示が有った。そのとうりだと思う。生まれつき人間は「不平等」な環境で生活している。
 
  金銭苦で死にたい人。
  金銭苦で他人をだます人。

どちらも余り勧められない。不安に駆られた異常行動である。「お金」は、人間関係を構築する道具である。
プロの料理人は包丁がなくても、材料が乏しくても、美味しい食卓を準備できる。プロの大工さんは、道具が乏しく成っても、倒れる家を建てるようなインチキはしない。
 
ある詐欺師と知り合った。
彼は数年前まで ある会社の社長であった。会社が危ないときに、友人に保証人を頼んだ。
この保証は詐欺師の会社ではなく、詐欺師の知人の会社保証である。詐欺師自身が金銭借用出来なくなり、会社運営に困っている社長を捜してきて
保証人を紹介し、お金を借りさせていた。借りてきた中から 詐欺師自身が流用する分を借りていた。保証人は自己破産で家屋敷がなくなり、子供達まで苦難の道に入ってしまった。それでも会社を支えきれず会社をなくした詐欺師は、妻にも見放され、離婚してしまった。行きずまり生活苦にあえぐ詐欺師は、同じように生活苦のAと言う知人に、これまた生活苦のBと言う知人を保証人として紹介し、お金を借りさせている。勿論詐欺師はこの中から自分に必要な分は流用している。AもBも自己破産しているし、C・Dと自己破産者が増えている。

詐欺師たる彼は、自称「柔道家」であり、近くの町で子供達を指導している。日々己の助かる道を探し求めて、お金を追いかけている。
巧妙な手口で、言葉巧みに「獲物」を探している自称「柔道家」。柔道の「道」とは そんな事かと悲しくなる。

ここでそんな詐欺師に興味はない。A・B・C共に生活苦の中で悶えている。子供達を家族を苦しませている。
一度ならず二度三度と、苦悶の中で「死」を考えている。私は苦悶している方と話をするとき、「1日一善」の行いを勧めている。
    
私ごとではあるが、私の仕事に大きな動機を与えた問題があった。今から40数年前に 兄が精神病院入った。
学童期前に姉が勤める佐賀県の肥前療養所での経験があり、精神病に何かしら興味を持ち続けていた。兄は戦後の子だくさんの次男として育った。
中学2〜3年生の頃に、学校で身体検査があった。その時、貧しいが為に「何か」恥ずかしい思いをした。
兄はその時から不登校になった。精神病院での兄と9人兄弟で末っ子の私は、歳が離れていて余り会話はなかった。

障害者を抱える家族の苦しみや辛さ、障害者本人の苦しみや辛さを存分に味わった。一人の障害者が家族に与える影響も十二分に知らされた。
私が20才の頃に兄を訪ねて精神病院に行った。兄の生活環境と兄の考えを聞き、主治医と話し合った。主治医は黙って私の話を聞いた。
若い私は思いの丈を話した。最初の精神障害者・社会復帰の為の施設を設立した頃、その主治医は、福岡県の精神保健センターの所長になった。

そんな事が重なり、「心」に関する書物をむさぼり読むように成った。そんな時に出会ったのが、「森田療法」であった。私の中にあった「問題」が解決し始めた。今考えると、問題はそこから始まった。周りを見ると、不可解な障害者に対する「援助?」が散らばっていた。
当時の「精神薄弱者」施設では、入所者が問題行動を起こすと精神病院に入れた。
  病院は喜んだ。
施設側は3ヶ月間で、入所措置をうち切った。入院した障害者は もう二度と施設には戻れなかった。病院に入院した「知的障害者」に面会に行った。
以前の明るさが消え失せ、ぼんやりと視線を漂わせ、私を理解出来なかった。そんな事がたび重なり、読む本の数が多くなった。

精神病者をどうにか出来ないかという 私の個人的な運動が始まった。(生意気な時期だった)15年が過ぎた。その内家庭を持った。
妻にも子供にも、兄の事では多くを語らなかった。自分の思いを実行に移すべく、無認可の障害者通所施設を立ち上げた。
  職安に行った。
  労働基準監督署に行った。
  町の社会福祉協議会に行った。
  町役場に行った。
  不動産に行った。
場所を決め、作業所をスタートしていった。思いもよらぬ方の応援が戴けた。嬉しかった。国の社会福祉事業法の中に「精神障害者」が入っていった。
精神病者の福祉施設を作って良い様になった。嬉しかった。だが喜びはそこまでだった。福祉施設を設立するにあたり、地元の「賛成」の同意書が必要だった
  隣接者の同意書。
  町内会の同意書。
  水利権者の同意書。
地元の家を回り始めた。辛い日が続いた。誰一人賛同者が出てこなかった。日本中探してもその当時「精神病者」の福祉施設がなかった。
賛同者を求めるとともに、お金も借りて回った。土地代、造成費、建築自己資金と不足していた。精神病者は精神病院でという、日本中の雰囲気を破りたかった。どうにかして、民間人でも「精神障害者」の福祉施設が出来る事を示したかった。後に続く人がたくさん出て欲しかった。
  闇雲に走った。
  夢中だった。
  使命感があった。
  我欲を捨てた。と思っていた。

あれ程、森田療法を学んだと思っていた私が「落ち込んだ」。その後、何度も経験した。読み過ごしてきた医学書にも目を止め、突き詰めて考えた。
森田療法を学び直した。己を見つめ直した。我欲を捨て、見返りを求めないと言う思いに間違いがあった。しっかりと、私の「欲」が働いていたのを見つけてしまった。経験上、一つの法則を見つけた。
  簡単にウツからの脱却が、「一日一膳」であった。
不安から「ウツ」の状態に入ると、見えているようで、自分の周りが見えません。人の話を聞いているようで聞いていません。
とにかく自分自身の心が救われる道を探しています。元気を出そうにも力が出ません。朝起きようにも 起きる力と考えが浮かびません。
何でも良い、現状を脱却する「答え」や考えを 追い求めています。お金であれ、何であれ、今抱えている問題に集中しすぎています。
別の考えが浮かびません。追いつめられて、終局には「死」を意識し始めます。
怖い死が、生きる苦しみより、楽に思えます。思考の回路が狂ってしまいます。
  〇人にほめられたい。
  〇認められ好かれたい。
  〇チョット喜びを感じたい。
少なからず個人の思いの中に存在します。このような思いが,悪い事ではありません。いろんな不安で苦しい中にいると、自己中心的な思いが頭を駆けめぐります。不安とは、そんな自己中心的「堂々巡り」の心です。
不安の中にいると、知らず知らず「自分が助かりたい」との考えで固執しています。別の思考回路を働かせると、不安脱却の糸口が見えてきます。
不安という恐怖の中にいると、何をするにも「パワー」がでませんが、一日一善を念頭に置くと、自分の行動に「思いもかけず」自分自身が「癒され」ます。
癒された心には、自己中心的な「不安」以外の発想が飛び込んできます。
  一日一善とは。
  朝、外の自然に向かって「有り難うございます。お早うございます。」食事の後かたづけ、掃除、洗濯。空き缶拾い、道路の掃除、弱者の介護や援助、何かしら自分以外の物事に感謝し、行動を起こす事にあると思います。思いもかけず、不安脱却の「思考回路」が働き始めます。  
人間、ハイ ハイ、ハイ ハイと返事をする方は気持ちが良いものです。
経験を積み自信がつくと、他者の意見に反対する方法を覚えます。自己主張をしすぎると、しっぺかえしが来ます。認められたいとの思いが、反対に批判の的に成ります。己に対する反対者が多くなると、不安になり落ち込み「ウツ状態」を引き起こします。
物事はある程度で、引き際を考えて行いましょう。 
  財布の中にあるお金は、使うだけ減ります。
  心の中にある「愛」は、周りに振る舞うだけ「中身」は増え続けます。
この辺に、不安脱却の道が隠れています。
  自暴自棄に成っているあなたへ。
  成りそうなあなたへ。
何事もあきらめるな。
自分一人ではないことを理解せよ。見放されていると思いがちですが、良く周りを見る事。金も愛情も 追いかけると逃げる。先ず、己から相手に慈悲の心で奉仕せよ。家族を守ると言った 勝手な理由を付けて「自殺」へと逃避するな。神仏に対しては、お願いより、先ず感謝の念を表現する。
  対人関係も同じです。
  困った時の「神頼み」ではなく、有り難うの「言動」を!。
意識的・無意識に何かに「こだわり」、頼ってしまいますが、余り役にたちません、善なる「行動」を起こす様にしていく事です。
  家族は見ています。
  子供は感じています。
家族も貴方と同じように、問題解決の糸口が見えていないのです。その状況の中で、貴方を頼りにしています。
  そんな家族に「暴力」で表現するより、苦しくても頑張っている姿を見せて下さい。
  家族の力が大きく成り、問題脱却の糸口が見えてきます。
  所詮、何時かは死ぬ身です。
家族や子供達に「暴力や暴言」で苦しませた後の「自殺」は、絵になりません。
  立つ鳥跡を濁さず。
今まで生きてきたのです。せめて死に際は「きれい」にしたいものです。そんな思いで行動すると、家族やあなたの生きる「術」が見えてきます。
適当な「欲」は身を助けますが、利己的な「欲」で固まると、身動き出来ず孤立し、心が沈みます。何事も「一生懸命」・「真面目に」・「几帳面」等は、度を超すと、貴方が他人に良く見て欲しいと言う、利己的な欲のかたまりになります。
こんな方が「ウツ状態」に入り込みやすいのです。
家族に「暴力」を振るうな!。
破れかぶれの「汚い」言葉や「おどし」の言葉を使うな!。
困った時は「一日一善」で、へこたれた心に窓を開けて下さい。
  それでも苦しい時は、0948−20−9019まで。
    (ヒゲ親父直通の携帯電話番号を お知らせします)
  第22章   自閉症。
Date: 2004-12-11 (Sat)
時代の流れか、日本人の心の中にある「他者」を思いやる気持ちか、理由はともあれ障害者と位置づけられている人の呼称が近年変動している。
精神分裂病が統合失調症、そううつ病が気分障害、精神薄弱が知的障害、知的障害は行政言葉であり関連する福祉施設やマスコミが使用している。
医療関係者は「精神遅滞」と 今でも表現している。

人間として生まれ、その成長過程で何か「異質」な事があれば「発達障害」として大風呂敷で表現されている。異質とは学習能力、言語、社会性、注意力、運動等だが、これらは身体の成長と共に[発達]しているのを関係者も親も忘れてはならない。
また反対に無理な期待で、自閉症を持つ子供に負担をかけてはいけない。その異質という中に、相手や周りのことを認知する能力も入っている。
「認知能力」の低下している状況の人を自閉症として区別しているが、広汎(こうはん)性発達障害とも表現している。
表現は悪くおぼつかないが、自分の物は自分の物、他人の物も自分の物、みたいな成長過程を過ごすことが多くあるが、軽はずみな躾をしてはいけない。
加齢と共に成長して行くが、己の経験と他者の経験を比較検討し行動するのがにがてである。自閉症と呼ばれる子は成長段階で、何かに「興味」を持って遊んでいるが、他人とその興味ある遊びを共有するのが「にがて」である。その「にがて」な言動を強制すると「暴力」に走ることがある。
俗に言う「パニック状態」で、本人には本人なりに複数の原因がある。その原因は各人で違い、千差万別でつかみ所がないかに思うが、行動を共にしていると見えてくる。彼等に福祉施設などで生活援助をするに当たっては、彼等のつかみ所のない行動に興味を抱き、「楽しさ」を感じるのが大切で、そうでないと「こちら」が疲れてしまう。充分な時間を使い、より良い人間関係を作る事が出来れば、遊びや簡単な作業が共有できる。
こんな風に書くと「自閉症」は知的障害だと思われるが、50パーセントは高機能自閉症やアスペルガー症候群で知的障害がない人もいる。
ごく僅かであるが他者と共生の苦手な人でも、明るい性格を持つ人がいるので楽しい。
  重い発達障害を重複している自閉症は、「知覚」に障害を持つ方多い。
音や光や影、道路にひかれている白い線、建物の角、女性の香水、食べ物の臭いなどの視覚や嗅覚、聴覚といった「知覚」が異常に反応する。
  高機能自閉症ーーーーーーー知能が正常。
  アスぺルガー症候群ーーーー言葉が正常。
しかし知能や言語に異常がなくても、社会性や考え方から来るこだわり、他者との意見交換などが出来ず、自閉の状況を見ることが出来る。
爪をかむ、つま先を立てて歩く、相手の目を見ない、素足を嫌がる、集団行動が難しい、想像力欠如からくるこだわり行動、成長と共になくなるが多動など。
幼児期の早期発見が必要で早期治療、学習障害を伴う子は早期教育が必要。一番肝心なのは、豊かな感性を持った医者や教師と出会う事だ。
養護学校を卒業し、18才〜19才で治療や教育が未熟なまま、急に福祉施設で生活を始めると、その施設環境は「地獄」になり「危険地帯」と化すことがある。
私は35年前に児童施設に勤務し、三歳少し前の自閉症児を担当した。当時としては、自閉症なるももの援助技術が「豊富」な先駆者がいなくて悪戦苦闘した。悲しいかな今現在も自閉症の専門家、プロの福祉施設従事者が皆無に等しい。
施設の中で自閉症の援助技術を「模索」させるのではなく、児童相談所、更正相談所、保健所、教育委員会、精神科の医者などで、あらかじめ診断した結果を元に、「指導指針」なりを添付して施設に紹介すべきである。
福祉施設に、心理学を専攻した者や作業療法士がいたとしても、障害が多岐に渡るため「専門家」育成は難しい。私の経験上、自閉症を持つ者の早期治療や早期教育が必要で、それらがほぼ完全に出来たとしても、彼等は施設環境にすぐには順応出来ない。
施設内では、最初に時間をかけて「一対一」の接し方が必要だ。「行政福祉」の中で仕事をすると、作業療法士等の専門家を障害者個人に張り付けて、
贅沢な勤務形態は費用的に無理である。

ある時期、私は福祉施設の理事長と言う立場で「施設職員」の採用をした。知人の福祉施設を退職し、当方に来た。
面接の時にアッ!と思ったが、後の祭りだった。彼女は見るからに神経症(心因性精神疾患)?であり、彼女を助けたいという、私の悪い
虫がうずいた。採用の結果は後で知らせる事にし、知人に彼女が勤務した様子を聞いた。福祉課程を持つ大学を卒業し、資格も保持していたが、思ったとうり「不気味」な勤務内容であった。採用にするあたり、周りの意見を聞いた。意見は不採用であったが、ごり押しで採用した。重度と表現される「自閉症者」を担当させた。私なりの計算で、両者の良き成長には自信があった。思った通り、彼女は仕事に夢中になった。私のねらいは彼女の立ち直りであり、その結果、自閉症者自身に降りかかる良い変化であった。当時の私は、彼女の立ち直りに「重き」を置いた。自閉症と言われる施設利用者は、「テンカン」という障害も持っていた。長年続いていた「テンカン発作」が出ないようになった。
  親は喜んだ。 私も喜び勇んだ。
その内に、彼女の心にパワーが出てきて、口出しする理事長を批判しはじめた。
批判されても私は嬉しかったし、怒らなかった。2人の成長過程を見るのが、たまらなく楽しかった。批判に疲れた彼女は、心が元気になり退職していった。
自閉症でもある彼の「テンカン発作」が再発した。
  親は悲しんだ。 私は苦悶した。
これは、私こと「福祉家、ヒゲ親父」の奮闘記であるが、沢山の間違いを経験し教え
られてきた。
その中で「自閉症」の子供達を思うとき。
  あきらめない。 時間を惜しまない。 パニックの原因追及。 閉ざされた心に入り込む努力。 楽しんで接触する。 結果を求めすぎない。 適度な集団運動。 細心の注意を払い事故防止。 相手をする自閉症者が複数者いても良いので、施設
関係職員は1人よりも常に2人以上で関わる。 パニックを恐れて放任しない。いろんな場面で「注意指導」が必要と思えば、両手を大きく使い、絶対とは言えないが、身体全部で過度なゼスチャーで表現する事も大切である。それにしても「行政福祉」の中で、決められた雇用関係、確定している施設運営費では、
自閉症の方を支える「援助技術」の向上は望めない。担当する者にとって、厳しい「条件や環境」であろうが、精神科医療現場の方とも相談
しつつ頑張って欲しい。安易に、精神科の医者が出す薬を「拒む」必要はない。
必要であれば、きちんとした記録を持参し意見交換すべきだ。自傷行為、他傷行為、奇声、多動、過飲、過食、拒食、入浴拒否、不眠、投薬拒否、
失便、失尿、昼夜逆転、行動遅滞、引きこもり、沈黙、移動拒否、音楽拒否、テレビ視聴拒否。
混み合った道路を運転するのと同様に、自閉症の人と接するのは「気」をぬけない。運転していて、助手席の者から「あれこれ」と指示が多いと、気が散って運転出来ない。同じように自閉症者も嫌がる。
特殊な自閉症者との係わりは、疲れるし、ストレスを感じてしまうが、「パニックの原因探し」
等をしながら、自分なりに楽しんで援助技術を磨いて欲しい。
  第21章   佐世保小校内殺人、新潟地震。     
Date: 2004-12-10 (Fri)
何とまー、災害やら事件事故の多い事かと憤慨してしまいます。日本中にたくさんの人間が住んでいるのであきらめもありますが・・・・・。

テレビを見ていると、新潟で地震に遭われた方の内,「障害者」を抱えた家族が出ていました。テレビで見る限り重度の心身障害者のようでした。
避難所生活から、急ごしらえのプレハブ長屋に引っ越し出来るようになったみたいでした。見ている限りでは「良かった、良かった」の場面でした。

障害者に関わった仕事をしている方は気づいたと思いますが、「奇声」を発するお子さんをお持ちでした。
自宅には当分帰れそうにないので、公的に準備しているプレハブに行くそうですが、長屋だから子供が大声で「奇声」を発したときが心配だと言っておられました。ウーン!大変だなと思いつつ見ていると、地震現場地域の「相談支援センター」担当者が出てきました。結果は、隣の部屋との「壁」を厚くするように行政に相談する事になり家族は安心されていました。
 心因性精神疾患(俗に言う神経症)の方は、いろんなストレス要因(ストレッサー)で心に多くの不安を抱え込み、「うつ」状態にはいりこみます。
かのセンターの担当者は、電話での応対で「心的外傷体験」、「心的トラウマ」とも呼ばれますが、専門的なローマ字用語で相談者と話をしていました。
  オイ オイちょっと待てよ。している事は素晴らしい事ですが、相談者が心理学の専門家じゃあるまいし「日本語使えよ!」と思いました。
テレビに映っているので緊張したり、少々得意氣(?)になっていたかも知れません。何か寒々しく感じました。
 これぞ、まさしく「行政福祉」の一端を見た思いでした。
「行政福祉」とは、私が個人的に使用している言葉です。国が定めた「社会福祉事業法」に準じて 仕事をしている全てを指しています。
私が使用するときは、感じが悪いときに使用する「私の悪いクセ」があります。言葉はさておき 地震など大きな災害で「言動の自由束縛」が始まると、思い
もよらぬ助け合いや自傷、他傷の現象が発生します。相談専門員や担当者は、これでもか これでもかと思われる程、細心の注意を払い相談者と接して欲しい。相談員として「自分を磨く」またとないチャンスなのですから。
テレビと言えば、佐世保小学校の同級生による「校内殺人事件」が報道されています。テレビは怖いもので、学校当事者や管理職教員の姿を瞬間的に映し出します。事件の翌日早朝に 佐世保小の「校長」さんなる方が登場していました。テレビに出ることを事前に察しておられる様子、管理職としてキチント髪の毛などを手入れされていました。アッパレ!、アッパレ!。でも、少し寂しいな。
その後がいただけない。
事件の「内部報告書」が社会に出てきてしまいました。加害者や被害者の周りに「発達障害児」がいて云々。長崎県の教育委員会は、これ又、校長には「発達障害」を決めつける資格がない!云々。
なーに言ってるだ、お前さん達と思っている最中。長崎県教育委員会からの事件について事後報告では、事前予測不可能な事件であり「学校」運営に関しては何も問題なし!。 オーそうかね。
各地の教育委員会の事務官あたりは問題ないでしょう。土木課、水道課、総務課などなどを歴任していて教育の専門家じゃない。しかしね、各市町村の教育長だけは よりすぐりの教育者じゃないんですか?。義務教育は、親が我が子を「小中学校」に登校させる、公的な義務があるのを忘れて
いるのでは?。私自身は子供達も結婚し家庭を持っていますので、義務教育にそれ程感心が有りませんが、当事者である加害者、被害者、その家族、同級生、現在の登校生、卒業者、地域住民、教育者、関係する方はたくさんいます。「事後報告書」!、少し、結論を出すのが早いのでは?。公的に、民的に、私的に、一生懸命働きながら子供を登校させ。そのあげくに我が子が学校で殺されて、学校には何にも落ち度がありませんでは、殺され損とでも言うのでしょうか?。冗談ではありませんよ。
敵前(事件後の問題から)逃亡している担任教師がいるんじゃ有りませんか?。こんな教育者が担任では、親は救われません。事前予測は出来ない!、
そうでしょうけれど、親は一端子供を学校に預けると手出しができません。教師に取って、マイナスになる「口出し」はするべきでは有りません。インターネットの掲示板が初期原因とか言ってますがね、同じ学校の同じクラスです。教育者として外に原因の「目」を向けないで!。在り来たりの事件ではないので、当事者の学校は大変でしょうが、これ又教育者としてこんな「チャンス」は滅多に有りません。全国の教員に対しての予防策を「構築」しなければいけません。医療関係者の最終報告、犯罪心理学者等の最終報告を待たずして現場の報告がこんな事では、子を持つ親が「学校」や教育委員会を信じれません。
当事者2人の周りにいた子供達の心には「トラウマ」として長く残ります。それらの解決策や、問題提起などが先ではないのでしょうか?。
少しだけチョットだけ、本当は大きく私の心にのし掛かっている事が有ります。後ほど関係機関から事実報告として、「加害者」の精神鑑定結果が出てきます。心配の種は、この加害者になった子供が「軽度の発達障害」を持っていたら?。と言う思いです。親は子供が「軽度」で有れば軽度ほど、発達障害を見抜けません。また認めたくありません。知識と経験と「感」を積み重ねた教師には分かるはずです。  何処か 違うな!、ということが。
その先では、医療や福祉や社会を巻き込んでの教育がありそうです。親は学校や担任教師を信じていますす。前記の、敵前逃亡する担任教師は必要ではありません。被害者になった毎日新聞記者の御手洗さん。
   言葉で表現し慰めきれません。
しかし大手新聞社では 勤務先ごとに全国各地を廻るのが、貴殿とそのお仲間の勤めなのでは。今のこの時間にも 貴男の同僚の子は、転校先で悪戦苦闘しているんではないでしょうか?。心静まるまでお待ちします。
宮城県の知事が先般言っています。障害者の収容(入所)施設は全廃したいと。
本当に喜ばしい事であり本来の姿です。しかしながら 今回の事件の様に「幼稚」な教育者がいて、逃げ腰の教育委員会で社会が出来ています。不必要な福祉施設を解体し、障害者を地域に帰す「雰囲気」が全国に出来つつ有ります。いかんせん「受け入れる」社会や専門家と言われる方の準備(物心両面)、基盤整備が出来ていません。 御手洗さん。
ゆっくり休んだ後、障害者を各地域に受け入れる基盤整備に「急いで」取りかかって頂けませんか?。記者という強い武器があります。御手洗さんだけではなく、お仲間の記者や他社の記者のかたにもお願いします。
障害者を受け入れ「指導や保護、援助」する費用は、措置費から個人的な「支援費」の制度に変わっています。施設を出て働く所のない軽度の障害者は、障害者の基本的な「年金」が65,000円程度あるだけです。施設で生活していると「衣食住」や「治療費」などほとんど無料に近い生活をしています。
賢い親は、子供の「障害年金」を貯金していますし、施設からの帰省の時に使用しています。もちろん全額、障害をもつ子供のために使用しています。
悪賢い親は、その年金でローンを組み「家」を立てたり、その他の兄弟の学費に使用しています。
醜い考えの親は子供を施設に預け、年金の「公的負担」で余った分はパチンコ等の遊行費にしています。これだけ経済が沈み現場仕事も少なく、「加工品製造」を海外に取られている現状では「軽度」と表現されるかたの収入になる仕事がありません。
老人施設同様に障害者の福祉施設は、収容型はなくなっていきますし増やさないのが国の基本方針です。(注、収容を入所と言い変えても基本は変わりません)。行動力、経験、積み重ねた知識を持つ「軽度障害者」が地域で仕事もなく65,000円で生活するには「危険」という、地域の負担が大きすぎます。
 それこそ 障害者の置かれている今後の現状は「予測可能」なことです。勿論、大多数の軽度障害者が「危険」な人間ではありません。状況により悪知恵の働く者に「感化」されない様に願うばかりです。

まとめ。
1,弱者の立場にいる方の「お手伝い」をする時には、細心の注意を払い、福祉の専門家は
「医療」関係者のように、関係者で使う専門用語ではなく、相手に親切な伝わかたをする、
「言葉」選びを大切にして欲しい。
 
2,義務教育に携わる教師は、己の教育に信念を持ち、甘やかすのではなく、子供達と心が
通じ合う関係を豊かにし、健常者と発達障害の間で「もがいている」ボーダーラインの子を
見逃さないで欲しい。
 
3,軽度の発達障害をもつ人が、地域に帰って生活してきます。この軽度という障害は
「見極め」が難しいが、地域で障害者を受け入れる「基盤整備」を早く済ませる。

4,今回の校内でおきた事件は「被害者」家族には大変つらい状況にありますが、これを
教育、福祉、医療、地域社会は「チャンス」として考え、長崎県教育委員会のように自己
保身に走らず、教師の「質」を高める勉強会を開くなりし、今後この様な事が起こらない
ように「素直」な反省をしていくべきだと
思う。

5,私には理解できないが、教師になる学力試験の他にあると考えられる、教師としての
素質審査なるものの「内部規定、審査基準」を知りたいと思う。
  第20章。   不安やうつ病。 その1。
Date: 2004-10-28 (Thu)
今年に入ってからも随分と「うつ」の相談が増えています。相談に来られる方は皆さん同じ事を言われます。
  私は 性格が明るかったのに。
  私は 何事も一生懸命しているのに。
  私は 気配りも人並み以上にしているのに。
                    などなど。
何か見ていると同じ様な感じです。潔癖で几帳面な雰囲気を感じさせます。良ーく観察すると、利己的ですし完璧主義者です。自己が潔癖すぎる為に、どうかすると他人との「妥協」をしません。有る意味、思いこみが激しくて、相手の「言動」を認めようとしません。その結果。これでもか、これでもかと「自己努力」をします。全て「自力本願」の行動をしています。ミスを犯さない為にも「几帳面」な言動をしています。見ていて「それくらい」で良いじゃないと思います。これ全てに「他人」に自分を理解して欲しい、認めて欲しいとの言動です。そもそも彼、彼女らは、野心家です。良い悪いは別にして、何事も「あきらめ」ませんし中途半端ができません。そう言う考え方の延長線で「問題」があると、己で勝手な答えを出して「問題」を抱え込んでしまいます。
   その結果。
対人関係では「ストレス」が貯まっていきます。
答えが出ないと「ノイローゼ」になってしまいます。
又問題に対する答えがでない間は「不安」な思いでウジウジとしています。答えが出たとしても「自己努力、自己解決」の答えですし、内心「自己」しか
頭にありません。問題解決の答えがでた後は、パワーがあれば「まわりを攻撃」します。パワーがない時は、家の中に閉じこもります。いずれにしても「完璧主義者」であり、常に自己保身の気配り上手な人間です。普段の生活で調子が良い時には、穏やかで明るく正義感の強い人に見受けます。いったん問題が生じ、解決に手間取ると「化けの皮」がはがれます。
  極端に「攻撃」を仕掛けるか「引きこもり」ます。
パワーがある時は「攻撃心」が強く警察沙汰に発展します。周りから見るとあれだけ「自己努力」や「自力本願」の人間であっても、パワー不足の時には「アレー!どうしたの?」と言われる程に「フンニャリ」して意気消沈しまいます。自力本願的な人間が極端に家族や医療にたよる「他力本願人間」に成っていきます。その時には家族や身内に頼っていますが、家族が自分の思うように「理解」しない、協力しないとなると「パワー」不足でも家族や身内に対して
は「攻撃」を仕掛けてきます。
  この時に「精神科」などの問をたたくと、必ず医者は「疲れているから」この
まま休ませてあげなさいと言います。聞きかじった様な「ソーシャルワーカー」は、家族に対して、「励まさないで!」と付け加えます。本当に「そうかな?」と疑問に思います。現代医学のお医者さんは、「安定剤」を出します。もちろん、その医療行為が無駄とは言いません。少なからず安らかな気持ちになるのは確かですが、これの問題は、薬の「さじ加減」です。 又患者が「薬」に依存してしまい自己努力の力を見失う事です。現代医療に反して「代替医療」も活発に成ってきています。伝統医学、民間療法、サプリメント療法、ハーブ療法、食事療法、カイロプラクテック、心理療法、指圧マッサージ、薬理学療法、免疫療法、解毒療法などが盛んに成ってきています。それらは人間が基本的に持ち合わせている「自然治癒力」を引き出そうとしています。たかだか数千年の人間社会です。薬物や悪い所は切り捨てる現代医療が絶対とは言い切れません。社会情勢も現代医療もおなじ様な状況です。イラクが悪いならイラクをつぶせ、乳ガンなら胃ガンなら「切り落とせ」と言うアメリカ的な社会や医療が「正義」に成りつつあります。悪い所を中心に「切り捨て」た後の生活面のいろんな問題がでています。「心」の問題では、疲れた時には薬を飲ませ「休ませる」のは一つの手法だと思います。
ですが、これが「絶対」とは言い切れません。肉体の病気に対ししては「免疫」を付ける必要があります。「心」の病気に対しては、薬を飲むだけの「他力本願」だけでは無理が生じます。ある意味、社会生活が出来ないでいる方が多すぎます。己の「自然治癒力」を信じて行動して下さい。不安が強かったり、うつ病と診断された時は、自分自身が少しなりとも「利己的」な人間であったと反省してみましょう。少々宗教的なニュアンスが強く成りますが、周りの「自然や社会」に感謝をする事が大切です。 医療現場や周りの方に「ゆっくり休みなさい」と言われても、感謝する心で行動を起こして下さい。
心が疲れている時の利己的な言動はパワー不足ですが、周りに本心で感謝し「利他的」に動く時にはパワーがでます。その際 充分に留意しなければ成らないのは、「ありがたい ありがたい」と言う思いと「ありがとう ありがとう」と言う感謝の気持ちで行動する事です。何かをする時には「感謝」の気持ちであって、見返りを求めないで下さい。2年も3年も「不安」でふさぎ込んでいても、簡単に「明るい」心が手に入ります。まーず利己的な人間は、
「知的」に思考で納得しないと、満足し受け入れないのが「不安」の始まりです。これだけは素直に取り入れてみて下さい。頭に「ほうせん核」と言うのがあり、そこから「セロトニン」と言われる物質が放出されて「不安」を軽減するそうです。(トリプトフアン)充分な太陽の光を浴びて
下さい。机仕事で疲れた時には、首をまわして下さい。心の安定剤と同じ「物質」が自然な形で作られ、「不安」を軽くし正常に戻すそうですよ。では「不安」が大きい人は、他人の為に成ることを「感謝」の気持ちを持って実行していきましょう。
  家の「掃除」でも「茶碗洗い」でも、何でもする事はあります。
  第19章。健康、田中式農法「糖尿病やうつ病」 その2.   
Date: 2003-11-23 (Sun)
もうすぐ「食品リサイクル」の法的な期限がきます。国は、平成17年に「食品」の生ゴミを現状の20パーセント減を目指
しています。確かに実行しなければ成らない課題です。
「地球温暖化対策」、「ダイオキシン問題」、「有毒廃棄物処理問題」などがあり、生ゴミを「焼却処理」するより「リサイクル」の方向に動いています。各生ゴミを排出する事業所は「リサイクル」に動いています。その動き自身は「急げ、急げ」です。 テーマーも急なら、処理の仕方も急です。この10年「生ゴミ処理機」の小型化した物が出ています。どれも「あと一つ」と言う状況で、「これだ!」と言う「完成品」は見ていません。いずれ出てくるでしょうが、「生ゴミ」の選別が完全に出来てからの話しです。生ゴミの種類により「処理機」の中で活動する「バイオ菌」が決定されますので、各事業所の生ゴミ選別作業が課題です。現在の生ゴミ処理機を見ていますと、「早く処理」出来るのが商品で、遅いと「欠陥品」になります。生ゴミ処理のスピードは「人間」の体内
と同じかそれ以上のスピードを要求されています。その日に出た生ゴミは、その日の内に処理しないと欠陥品になります。生ゴミ処理機を製造する「企業」も真剣です。あの手この手で「知恵」を絞っています。生ゴミを「処理機」に投入しながらセラミックで出来た「小さな玉」ですりつぶし、その上で「バイオ菌(土壌菌)」を混ぜ合わせ処理機周辺に立ち上がる「臭気」を省くために「オゾン脱臭装置」を取り付けたりしています。どの企業も真剣に取り組んでいます。昔の死亡率の高いのは「伝染病」、現在は「成人病」と言われ各人が食品に注意を払いだしました。野菜は無農薬で化学肥料を使わない有機肥料で栽培したものを「購入」し始めました。良い事ですが、日本のどこに行けば「農薬」が混じっていない「農地」が有るのか解りません。平地に行けば「水路」でつながっています。山ふところにでも行かねば「無農薬の農地」は見つけだせません。「農地」にしみ込んだ農薬を今更どうする事もできません。
田中式農法」は、一休さんではありませんが「あわてない、あわてない」にあります。土の上で「野菜くず」と「魚くず」を交互に積み上げて熟成させていきます。雨が降ろうが、風が吹こうがそのままです。私もこの方法で「堆肥」作りをしています。川に生えている「葦」をそのまま堆肥にされています。なかなか肥料として「熟成」しませんが、それも土の中での「空気」調節や土壌菌の活性に良いのかなと思います。
無農薬、有機肥料での野菜つくりは当たり前です。
それ以上に「急げ、急げ」の促成栽培、促成肥料つくりの後に来る物は、「アトピー」や成人病の怖さです。この時代の社会環境だけでなく、私は「うつ病」も食品に関係していると考えています。精神障害者「福祉施設」での取り組みでは、近場の「生協」を利用して、化学薬品等の「添加物」が少ない食品を食材にしました。短い時間でしたが「効果」は有りました。「うつ症状」が軽減しました。精神科から出される「向精神薬」の効き目が良くなって
います。経済的に限界があり、途中で普通の食品に切り替えましたが今思うと残念です。毎日の生活に追われて「食品」にだけ費用を持っていけません。若いお母さんは「美食、食味」にばかり気配りせず、「安心」出来る食品を家族に与えるのが先決なのです。「我が子」のアトピーで苦労するより、食卓から促成野菜の排除をすべきです。「農家」の一部は、自分の家族には「安全」野菜しか食べさせません。先般のテレビでは「中国」の農家が出ていました。「農薬」付けの野菜は輸出用で、自分たちは「こんな物」は食べませんとハッキリ言っていました。恐るべし「輸入野菜」、「促成野菜」、加工現場の人が食べない「鮮度保持消毒野菜」です。スピードが有り「マスコミ」が騒ぐ伝染病も怖いのですが、じわりと来て体内をむしばむ「食品」も家族を苦しめます。
田中式農法を詳しく「伝承」しなければ成りませんが、私にその事を間違わずに伝えるだけの「知識」が有りません。田中先生は平成17年3月で「佐賀大」を定年退官されるとの事です。でも、佐賀大に「問い合わせる」とどこに行かれても解るはずです。「農法」だけでなく、考え方、人間としての進み方を「学び」ました。経済的に多くの課題がありますが、私もあきらめずに「テンカン」、「重度の心身障害者」の法的制度改革や「施設」つくりに、私個人の利権を考えず「野心」を持って進んでいく心を戴きました。
  第18章。   健康、田中式農法「糖尿病やうつ病」  その1.
Date: 2003-11-20 (Thu)
始めに。この18章に記する事は、誰かを又は「グループや団体」を中傷し誹謗するものではない。「農法」についても素人の思いや考えに元づいており、所詮「消費者」のたわごと程度に思いおかれたい。

私は福岡県の「遠賀川」の上流域に生活し、市民団体で「遠賀川の水を守る会」の心意気に感動しました。障害者の「仕事」確保という事もあり、障害者の施設で「食廃油」を使った石けんを製造しました。又、「バイオ」と言うテーマーが持ちあがり「EM菌」を使った農地の補助材で「ボカシ」も作りました。少なからず「農作業」も経験しています。専業農家の方から見れば、お遊び程度の「知識」である事をお許し願いたい。1人の「消費者」が、食物に対する「危機意識」からの発言です。
硝酸態窒素の身体に及ぼす「影響」について。
1、「硝酸態窒素」とは。
 窒素は植物の三大栄養素(窒素、リン酸、カリ)のひとつです。空気中の「窒素」を野菜等の栽培に直接利用することは出来ません。
植物は、微生物や太陽の光を利用して「窒素」を「アンモニア」から「亜硝酸」、「硝酸」に変えて行きます。
この時の「硝酸の形」の窒素を「硝酸態窒素」と呼びます。野菜等は、この窒素を使って「アミノ酸」や「タンパク質」を作るそうです。
  この為。「窒素肥料」を野菜に与えるのですが、「過剰に!」与えると野菜に硝酸態窒素が
たまったり、土壌や河川に流れだすそうです。「身体」に対しては、どうか?。
 硝酸が身体で「亜硝酸の形」になると、赤血球のヘモグロビンと結びついて「酸素欠乏」を引き起こす事(メトヘモグリビン血症)があり、乳幼児で死亡例が報告されているそうです。硝酸が身体内で変化して出来る「N−ニトロソ化合物」に付いては「発ガン性」も指摘されているとの事です。
「余談」ですが、年配の方はご存知かと思います。「ポパイとほうれん草」の話です。随分以前ですが「ほうれん草」が体に良いと
言うことで、乳幼児にほうれん草を「食材」として与えていたところ、たくさんの「死亡例」があるそうです。
これは硝酸態窒素が身体内に大量に入り、体内のバクテリアが異常発生し「酸欠」の状況で死亡したとの事です。
  この時に大切なことは、いくら肥料に良いと言えど多量に「窒素」を与えない事と「太陽」の光を充分に与えることです。
適量の「窒素」であれば、「バクテリア」や太陽の「光合成」で健康な野菜が育ち、「アミノ酸、タンパク質」がたっぷりの野菜になります。
残念ながら日本には、野菜等に含まれる硝酸態窒素の「基準」ができていません。(水道水に付いては、水1リットル中に10ミリグラムです。)
安全な野菜を食卓に。どのような野菜にも「硝酸態窒素」は含まれるでしょう。野菜を「ゆがく」事により
硝酸態窒素は減少します。しかし、一番安全なのは硝酸態窒素を含まない「野菜」を見抜く事です。
  (留意点は。)
促成栽培や雨よけ栽培の場合には、窒素を「バクテリアや太陽の光」で分解する前に出荷し、硝酸態窒素を残したまま野菜が「食卓」に上がることです。
また、季節外れの野菜類も栽培の為に多くの「窒素肥料」が必要とされます。
キトサン農法。
かに、エビの甲羅から化学的(工業的)にキトサンを抽出し、農業に利用する方法が見出されています。キトサンを利用すると野菜に多く含まれる硝酸態窒素の分解や生育を促す為です。キトサンを利用した硝酸態窒素の「減少」は、東京農大の渋谷教授により「データー」として出ています。「硝酸態窒素」を含んだ野菜は、苦味やえぐみがあることが多く、食味が良くない。硝酸態窒素が減少すると苦味やえぐみがないだけでなく、「糖度」が高くなると報告事例があります。[キトサン農法の「良し悪し」は消費者の判断でしょう。]先般、中国野菜の残留農薬が話題になりました。消費者の賢い選択で多くの危険から逃れることが出来ました。ところで、日本農業は大丈夫なのでしょうか?。消費者が何時までも残留「硝酸態態窒素」を理解しないと農家も本腰を入れませんし、安心した野菜が食卓に上りません。
  「農薬」 殺虫、除草など。
  「肥料」 窒素、リン酸、カリ、(化学肥料、有機肥料。)
中国がいつまでも「薬品付け」の野菜を栽培し、日本に輸出するでしょうか?。 答えは「否」です。中国という領土、人口は自然栽培に適しています。設備投資しなくて、化学薬品を使用しない自然農法での路地栽培であれば、中国の「お家芸」です。日本の「消費者」が残留「硝酸態窒素」に理解を示した頃、「中国野菜」が日本中に出まわり「日本農業」は取り残される危険性があります。日本の消費者は、農業に理解をし、国内の農家に感謝の「心」を持つことが大切です。農家も消費者に「健康野菜」を提供するという「心」が大切です。
      まとめ。
1、硝酸態窒素の名前を覚えていてください。
2、季節外れの促成栽培や「雨よけ栽培」の野菜は注意が必要です。
3、乳幼児の死亡、ガン発生の危険があると言うこと。
4、安全な農地で、化学薬品を使用しない,適量の有機肥料での露地栽培が必要になります。
  第17章   NPO法人
Date: 2003-08-30 (Sat)
3年近くかかりましたが「NPO法人 GSグリーン」の申請時期が近く成りました。今までの経緯、目的などを説明していきます。最後までお付き合い下さい。私は今54歳です。
福祉の道に入り30年を過ぎました。障害者の施設で勤務したり、「無認可施設」の作業所、グループホームを続けて20年
です。現在も9名の障害者と共に生活をしています。それが「あじさいホーム」です。その間「社会福祉法人」を2ヶ所、施設を3ヶ所立ち上げてきました。
施設長、理事長をしながらの生活をしてきました。友人、知人の「無認可施設」を「社会福祉法人化」にむけてのお手伝いをしてきました。
その数も10ヶ所をとうに超えました。相談に来た時は「福祉」の理想に燃えていましたが、社会福祉法人の理事長、施設長、役員になり、しばらくすると「名誉職」なのでしょうか、「理想」が消え「俺が、俺が」の世界に入っていきます。目の前から障害者支援という「心」が消え「施設運営」にばかり熱意を
払い出します。どの様な職場も社会も同じ様な人間模様があるでしょうが、「福祉」に携わるリーダーの心には、老人、障害者、弱者に対する「縁の下」の支援活動に「喜びや感謝の気持ち」が生じ、自己満足する部分が欲しいと思います。あれやこれやの思いで鹿児島から北海道まで「放浪」させていただきました
今から表現します事は「架空」では有りませんが、「決定事項」ではありません。会員の承認の元、NPOの法人申請をしまして、公的な承認、認可を受け「法人登記」がすむまでは「仮」、「案」になります。ご了承下さい。
   「食品リサイクルと地域福祉」
(1)、各地域で障害者を受け入れています「小規模の施設」は建物や人的配置に「資金不足」と言う問題をかかえています。
(2)、障害を持つ人が、家から作業所(小規模の通所施設)に行きましても以前の様に仕事がありません。「不況」の時期でも有りますが、ご承知のように「100円ショップ」を筆頭に「安売り」の店が出来ています。これ自体悪い事ではありません。しかし、それらの商品はほとんど海外生産の商品です。作業所に来る仕事が減少しています。今まで私は施設内でいろんな作業種目と取り組んでまいりました。野菜つくり、シイタケつくり、柿、栗、りんご、ぶどう、パン、ケーキ、石けん、一輪車、物干し、ごみ袋、買い物袋、車の部品、その他です。ですが、今ではどんなに「低料金」でも仕事を探すのは至難の技になっています。
(3)、国が「食品リサイクル」を打ち出して3年目、2005年には食品残さ(生ごみ)の量を20パーセント削減と言っています。個人的には大賛成です。私の子供の頃には幼稚園や学校で、昼食時に「お父さん、お母さん、お百姓さんありがとうございます、それでは皆さんいただきます」と言っていました。今では随分と当たり前に食事をしていて「感謝」をする事を私自身忘れています。「孫」にどんなにして感謝の心を引き継ぐか思案をしています。世間では各種の「栄養補助食品」が出ています。個人的には、自然の中で育った食品をきちんと摂取すれば良いと思っています。海外から入る「薬品」をたくさん使用した野菜ではなく、「産地、生産者」が見える地元の野菜を、地元の料理法で「おいしく」いただきたいものです。
(4)、国が食品リサイクルを提唱しているのはすばらしいことです。私の周りでも取り組んでいます。しかし、問題を抱えています。ある種の「生ごみ」を産出している集団給食の場所に「生ごみ処理機」を設置し、定期的に有機肥料(土壌改良材)として回収しています。農家の方に相談し、引き取ってもらっています。同じ場所(田、畑)に、すばらしい「有機肥料」と言えど重ねて入れると田や畑の土地が「栄養過多」に成ります。塩分の問題も生じますし野菜等の根腐れが発生します。有機肥料としての引き取り先が限られると「食品リサイクル」が成り立ちません。
(5)、過去5年間「自殺者」が30.000人を超えています。不安を抱えている方が何人いるか資料がありません。各地には「命の電話相談」という形の相談する場所が出来つつあります。現場の方は大変でしょうが「すばらしい」ことです。念の為、私は公的機関等を「誹謗、中傷」する気持ちはさらさら有りません。例えば、「家族」の中で何か問題が生じた時に身近に相談する場所である「保健所、福祉事務所、警察署、医療機関など」は土曜、日曜、祭日などは一部を省いて活動していませんし、平日であっても「人権、その他」で奥深く相談することができません。実際には、「相談窓口」業務に付いている公的機関の方からの「家庭内相談」も私にたくさん来るのが実情です。
(6)、企画内容です。
資金不足で活動している「障害者の通所施設(支部という)」の運営資金問題の解決を図るのと、障害者の日々の仕事確保に「食品リサイクル」を取り入れます。参加される小規模の施設を「支部」会員として登録し、支部は集団給食から出る生ごみを処理した「有機肥料」を回収します。支部の敷地内、借地にて回収した有機肥料を使用した支部独自の農産品を生産します。支部で生産された花や野菜は、回収先の給食に、近くの八百屋さん、レストラン、各家庭に販売して行きます。農産品の量がたくさんある場合は支部のつながりや、会員さんに「紹介」し販売していきます。また、回収した「有機肥料」は自前で消費していかねばと企画しています。
   ある所からの提案が来ています。その支部予定地は「お茶」の産地で山深いところに有ります。山の上の方では「肥料」不足で「有機肥料」の取り入れには大きな関心があり、その支部では、地元の「豆腐屋さん」に指導を受け、高級抹茶入りの「ざる豆腐」を生産したいそうです。また、豆腐の原料となる大豆は別の「支部」が無農薬、有機肥料で作りたいとの参加申し込みが来ています。村おこしで観光客の誘致をします。ハーブを取り入れた「加工食品」、地元産野菜を取り入れた「料理法」などの展開をします。会員は、地元で生産されない野菜を遠くの生産地から「会員価格」で安心して買う事が出来ます。NPO法人は、本部、支所からなります。本部や支所は登記上の組織体ですが、支部はあくまでも事業を行う会員です。本部は支部に対して、指導や助言を行いますが「命令権」などは有りませんし「施設運営」に介入は致しません。しかし支部が薬品を使用したり、不法な内容で農産品の生産をしたり、不法な「食品リサイクル」をした時には「支部」登録を取り消します。参加地域に対して「料理教室」を一斉に行います。例えば「カレーライス」が料理教室の内容であれば、沖縄は食材に「ニガウリ、ゴウヤ」が入っていた、肉は豚肉と言う事も有るでしょう。又その時に使用する「調味料」はこれが良いのでは
と言う「参考材料」も提案していきます。
  第16章    なみだ。   
Date: 2003-03-30 (Sun)
  なみだ。
私もずいぶん「なみだ」もろくなりました。涙の種類がかわってきています。
小さい頃は、自分の事で「なみだ」を流していました。
私の所への「相談」の多くは、本人の悩みでも有りますが「家族」を含めた問題が多くあります。私も兄弟の事では「悩み」ぬきました。
若いころは「殺して」しまおうかと 思い詰めたこともありました。昭和24年7月15日が誕生日です。
2週間もすると54才です。頭も白くなり、孫もいる年齢になったからでしょうか、涙がこぼれます。
私は兄弟が「障害」を持っていることを「心の中だけに持ち」まわりには伏せていました。同じように「兄弟」の事や、自分の「生い立ち」で悩んでいる方が多いので「なみだ」についてを書きます。
 1, 乳児期  思考が育っていませんので個人の本能的(肉体)な部分でなみだします。
 2, 幼児期  言葉が良く伝わらないので「癇癪」と言う様子(言動)をみせてなきます。
 3, 小学生  人前で訳もなくなみだを見せてはいけない。
 4, 思春期  理由が何であれなみだを否定しています。他人が流す「なみだ」を理解する
だけの経験をしていません。前記しました様に、「親」の痛みがわからない時期を過ごしました。その当時、本などを読むと「孝行息子」が親の悩みや痛みを理解しています。その上で、親、兄弟、家族の為に行動しています。どうしてもその様な「孝行息子の心」が伝わって来ませんでした。己の心に、正義とか良心と言う心、「感情」を探している時期がありました。その時は何故「なみだ」が出てくるのかわかりませんでした。私は経験不足の人間ですから「ウメぼし」の様に相手のこころが「すぐに」伝わりませんでした。若い方や結婚してまで兄弟の問題で悩まれている方が多いので、少しだけでも「楽」になって欲しいと思います。
相手の「心や身体」の痛みや苦しみがわかる「たとえ」で梅干しと言う表現を使っています。梅干しだけでなく。
  からい、甘い、痛い、かゆい、つらい、きつい等も伝わります。
これらは、全て「経験」しなければ伝わりません。本を読んで納得し「理解」を出来たように思いますが、自分自身が経験すること
により発達します。
私は、若いころ(10代の後半)はケンカに明け暮れていました。現在の「暴走族」とは違い、他人(仲間)と組んでのケンカはしていません。
当時は他人の痛みがわからなかったのです。血の通った「暖かい心」とは何かを「探し」求めていました。ケンカに明け暮れていましたが、自分の本当の「弱さ」を知っていました。「強さ」とは何かを探し続けていました。三島由紀夫という人間に心ひかれた時期もありました。
ケンカでは何もつかみきれませんでした。きっぱりと「ケンカ」をしないと心に決めました。他人の痛みを理解しょうという気持ち、自分を捜し求める心が福祉の仕事をさせました。何も、「弱者の救済」が目的ではありませんでした。弱者を理解することで、自分探しが出来ないかと思ったのです。
  苦しみ抜きましたができました。
きれい事、変な正義感がじゃましましたが見いだしました。それは、「自分を大切」にする事でした。自分に感謝し生きることでした。おのれの心が素直になると後は早く進みました。(でも30年かかりました。)朝起きて、明日のことはわからない、「今日」をとにかく精一杯生きていこう。
苦しい事は考えないで今日を一生懸命過ごそう。毎日、この苦しさを続けました。気がつくと「自分自身」を認めていました。良く頑張っているなと感心し仕事が楽しく「見え」始めました。いろんな「宗教」も見え始めました。命が理解できました。心も身体(からだ)も自分の物と勘違いしてました。
なに一つこの世で「自分」の物はなかったのです。全て借り物だったのです。自然からの借り物だったのです。よく世間で言う様な、「前世」や「死後の世界」がないのが理解できました。言い換えれば、死んだ後「天国も地獄」もないのです。理解した後は少し寂しく、苦しいのですが 生きている内に「天国、地獄」がある事に気づいたのです。神も仏も「我が心」に有ったのです。苦労し時間がかかったわりには簡単な答でした。「心も身体」も自然の一部で借り物です。遠慮することなく、「自分自身」を大切にすることです。それからが「スタート」です。何に対しても「感謝」の心が出てきます。お釈迦様などは若くして「会得」されたのでしょう。「会得」して実行されたのでしょう。
私は今から実行し、人生という修行に励んでいきます。ご理解されたでしょうか?。
自分を大切にすると「苦しい、寂しい」等のマイナスの「なみだ」は自分の
為には出ません。「ありがとう」と言うプラスの「なみだ」が出始めます。
  第15章   うつ病  (3, どうすれば良いの)
Date: 2003-03-22 (Sat)
「なわ飛び」をしてみよう。
  1, 見えない、聞こえない、解らない。
  2, 無気力、無感心、無感動。
  3, 食事。
  4, たばこ。
  5, 刺激物。
  6, 睡眠(睡眠不足、過眠)。
  7, 対人恐怖。
  8, パニック障害。
  9, 自己保身のこだわり。

「うつ病」の人を見ていると、たくさんの問題が有ります。どうすれば良いの?。 との問いには。早く医者にかかり、投薬と併せて精神療法を受ける事ですその時の条件は、やはり「医者」も人間です。良い医者にかかる事です。国家試験を受けて医者になったのだから「頭」は良いのでしょうが、「人格」は、
?疑問という方もいます。第4章での「梅干し」ですが、医者の中にも「感情」が乏しく「幼稚」で、気持ちの伝わりにくい方もいます。「うつ病」方に合った医者にめぐり逢うように!、それしか言えません。今を大切にするならば、早く治療を受けるべきです。長く人生を考えるならば、治療と同時に、己自身の考えを改めるべきです。
  1,見えない、聞こえない、解らない。
心が何かに「夢中」になると(1,)の状態になります。良く言うでしょう。 知らぬが仏とこちらが思っても、恋は盲目!、あばたもえくぼ!。など。
誰が何を言っても聞き入れませんし、理解しようとしません。自己保身の「こだわり」を作って固くガードしています。
   「板の上」は三歩進んで二歩さがる。
   「戸」は右手で開ける。
   「階段」は右足から上がり、左足でおりる。
   「お茶」はご飯の前には口を付けない。
    他人が「触れた」ものは汚い。
   「コーヒー」は飲んではいけない胃がんになる。 等々。
普通に考えると「何だ!」、と言う「こだわり」を持って、自分の将来をガードしています。しかし、大なり小なり誰でも有る事です。
テレビや雑誌の「占い」を見て、今日や明日という「将来」のカンニングをして安心しています。「占い」を見て、一喜一憂する間は健康です。
笑い飛ばして楽しめば良いのです。
   2,無気力、無関心、無感動。 
「うつ」の状態が続き、ひどく成ると「ユーレイ」歩きの「ユーレイ」言葉に成ります。「言動」に張りがなく、フアー、フアーとしているか、「なまけもの」と言う呼び名の猿のように動きません。家族は困ったものです。注意でもしようものなら、おとなしかった人間が「ゴリラ」に変身します。
「がおー、がおー」と向かって来ます。本人は、何かに「こだわり」を持って「おとなしく」見えるだけです。一生懸命に何か考えています。
こちら側に「気」を向ける「きっかけ」を作らないと長引きます。
   3,食事
昭和61年から5年間準備し、平成3年に精神障害者の社会復帰施設である「援護寮」を民間では日本で最初に設立しました。土地代、造成代、建築費など多くの借財を抱えました。また当時 福岡県は、施設の運営費も国の認めた額の75パーセントの補助でした。20人の施設利用者に4人の職員配置でした。
その上、夜勤、日勤、祭日勤務を4人でせねばなりませんでした。当然、超勤手当などある訳が有りません。普通に勤務した上で、週に1.5回の夜勤になります。給与で支払う「補助金」がたりません。平成3年からしばらくの2年間は、私が「給料」をもらった様にして75パーセントの「補助金」だけで運営をカバーしました。夜勤も1人で行いました。
施設の「土地代、造成費、建築費」の返済に併せて、私の給料が「未払い」でしたので大変でした。個人的な「愚痴」を言うのでは有りません。その様な運営費不足の状況の中で「頑張った」ことがあります。それは「食事」です。施設の「運営」だけを考えると「食事にこだわる]のは無理な状況でした。安い食材はいくらでも有りましたが、その上で食事にこだわって行きました。
福岡には、「グリンコープ生協」と言うのが有ります。この生協の生き様でしょうか、「無添加」、「無農薬」を売り物にしています。少々ではなく、他の品物と比較すると随分高い品物(食材)です。その様な中で、生協の品物を使用し4年間がんばってみました。
値段に負けて一般の商品に変わりました。30日を過ぎた頃から変化が見え始めました。「味や量」は負けてはいないのですが、みるみる食事の雰囲気が変わりました。イライラした言動が「極端」に出始めたのです。その時を境に何故かみんなの「薬」が変わっていきました。同じ病院に通院している訳ではなかったのにです。薬は、食事の「食材」が影響すると実感しました。当時も今も、医者は「薬」の事を言われるのを嫌がります。
薬はさておき、本当は、お互い話し合うべきでした。残念な思いです。
   4,たばこ   5, 刺激物
施設では、「防火」の問題がありますので「禁煙」です。軽度の知的障害者は、すぐに「禁煙」できます。「うつ病」の人は、なかなか「禁煙」出来ません。
それで、こっそり「たばこ」を吸います。普段は「禁煙」に励んでいます。
4人の職員で、1ヶ月30日の日勤、夜勤、祭日勤務の超過勤務です。毎日、職員が不足しています。施設利用者の多数が「睡眠薬」を飲んでいます。
うつろ、うつろで「寝タバコ」でもすると命に関わります。結構「禁煙」は無理を承知で実行しました。 
時折「外出」するとたばこを吸います。また「酒」を飲みます。施設を作る時は、「施設建設」の為に、地域住民の「建設同意」が必要です。
住民の方から「同意書」を戴くのには苦労します。まして、日本に前例がない「精神障害者」となると苦労は並大抵では有りません。
地域の方は、施設利用者が「夜」歩きまわり、我が家に「火」でも点けられたらとの「恐れ」があります。
地域住民の方には、「たばこ」は吸いませんと約束し、「施設建設の同意書」を戴きます。何も知らない「医療関係者」等からは批判をあびます。あの施設は「たばこ」も吸わせない。
「人権」を無視している。
いろんな「批判」を浴びながらも「禁煙」をする様に持っていきました。
そのような状況ですので、施設利用者が「たばこ」を吸うとすぐ解りました。外出し、「たばこ」を吸うと「薬」の効きが悪くなるのです。
その後、「心」が不安定になるので解ります。医科学的な根拠は何も有りません。経験した事だけの意見です。長期に、心に対処する「薬」を飲んでいる方は、「たばこ」を止めるべきです。「薬」の量が減らせます。
同じく刺激物である「コーヒー」も多量に飲むことは進めません。良くみていると、「心」が不安定な方は飲む量を「調整」出来ずにいます。黙っていると多量に飲みます。調整が必要です。
   6, 睡眠(睡眠不足、過眠)
「うつ」状態に入ると、睡眠障害を起こす方がいます。家族や施設関係者が注意しなければ成りません。精神科、神経科、心療内科などで「睡眠薬」が必要と診断されます。医者は、患者との会話で「睡眠薬」の量を決めます。患者自身は、良く寝ているのに「寝不足」を訴えることが有ります。
1錠ですむのが2錠、3錠と増えていきます。通院時は本来、症状が安定するまで「うつ病」の人には「家族」が同行すべきです。
また症状が安定するまで、家族は、日常の「気配り」が必要です。
   7, 対人恐怖    8, パニック障害
少しだけの精神的な落ち込みから、徐々に「うつ病」となっていきます。症状の度が増すにつれ「対人恐怖」が見えます。家にこもり、外出を嫌がります。
外出すると「帰宅後」に疲れを訴えます。無理させずに、「外出」は、しばらく「家族」が同行して下さい。仕事などの関係で無理をしていますと「パニック」がおきます。汽車の中、歩いている時「場所」を選ばず「倒れ」ます。もう、10年程前になりますが、九州大の心療内科から女性を1人預かりました。
当方に来て間もなく「パニック」がおきました。施設の玄関で倒れました。「倒れる」までの状況を観察していたので「そのまま」にしました。
倒れた女性は、ピクリとも動きません。法人施設に併設して、通所の「無認可」の施設を作っていました。「パニック」で倒れた女性の所に、たまたま「軽度の知的障害」の男性が通りかかりました。男は女に声をかけました。「そんな所で寝ると風邪ひくよ」でした。言った後、そのまま立ち去りました。
しばらくして同じ男が通りかかりました。同じく声をかけました。「本当に風邪ひくよ」でした。
倒れた女性を見ていました。誰もいないのを確認し、周りを見渡し、自分で起きあがりました。同じ様なことを何度か繰り返しました。
しびれをきらし、私が今までの経緯を話しました。その後、私の気配を感じる場所では倒れませんでした。私のいない場所では、倒れ「救急車」を呼んで大変でした。周りが「パニック」を理解し打て合わなく成りました。今度は、自分で「救急車」を呼びました。
「パニック」と言えど、倒れる場所は「安全」な所を選んでいます。そのような「パニック障害」の方を時間をかけて観察してきました。
絶対!、とは言えませんが、「パニック障害」は安全です。相手の症状を理解して下さい。
その上で、相手と理解しあえば、「パニック」を止めれます。誰か?、解らない時は、注意して下さい。「てんかん」の方の「発作」かも解りません。
私は、現在「てんかん」の方3人を含め、9人の障害者が同居しています。くれぐれも、混同しないように!。
     「なわ飛び」をしてみよう。
心に病気を抱えた人、分裂病(旧名称)等の方に「うつ症状」がでます。もの凄く「怖がり」ます。土曜、日曜、祭日だと病院は休みで、診察が出来ません。
抗精神薬がもらえません。治療ができません。極端な「うつ症状」が出ると、素人では「手」が出せません。
そうかと言って、病院が開くまで待てません。寝ている、立っている、座っているに関係なく、「不安」を訴えます。
寝ている人には、布団の上で腕から先をブラブラさせて下さい。立っている人には、少しジャンプさせながら、身体の前で腕から先をブラブラ
させて下さい。座っている人には、腕から先をブラブラさせて下さい。その時に手首から先は大きくブラブラする様にして下さい。
引きこもりの子どもさんは、寝た状態、座った状態、立った状態に「時間、日」をかけ、少しずつ身体を動かしていく様に「誘導」して下さい。
うつ症状の集団では、「なわ飛び」をさせて下さい。どれも私の実践の結果です。どの程度の運動量かは、個人差があります。周りの方が経験を踏んで下さい「不登校」の場合は、先生が「家庭訪問」をして、一緒に「なわ飛び」をして下さい。
精神病院、福祉施設、教育者、保護者の方など。
一度、皆さん試して下さい。  
         支援協賛参加事業所名簿              まっくらけ〜前掲載分    NPO法人・人間賛歌    特定商取引法
                                                     一般財団法人 心の健康教室
                                                                           〒820-0609
                                                                  福岡県嘉穂郡桂川町吉隈1143
                                                                       TEL 0948-20-9019

このページの先頭へ
copyright©20XX  all rights reserved.